Q&A

インドの上場会社である子会社を非上場化したいと思います。インドにおいて会社を非上場化する際の手続及び留意点を教えてください。

インド法上、会社の非上場化を行う際は、非上場化買付を行う必要があります。非上場化買付においては一般株主が株式の買付価格を決定するというブック・ビルディング方式を採用しており、買付価格が高騰するリスクが高いといえます。また、インドにおいては少数株主から強制的に株式を取得する手続きの利用は困難であり、非上場化後も一般株主が残る可能性があります。この様な法制度の下、非上場化買付にかかるコストを抑えるため、実務上様々な工夫が行なわれています。

(1) 非上場化手続の概要

インドの上場会社は、事業再編やグループ経営の効率化等の目的で、非上場化(Delisting)されることがあります。会社の非上場化の手続は、インド証券取引委員会(Securities and Exchange Board of India , SEBI)の定める2009年・2015年告示(Notification, (Delisting of Equity Shares) Regulation 2009 / (Delisting of Equity Shares) (Amendment) Regulations, 2015)で定められています。上場会社を買収し非公開会社とするまでの手続の概要は以下のとおりです。

① 証券取引所への非上場化提案に関する情報開示

② 商業銀行(マーチャントバンカー、merchant banker)の選任

③ 取締役会の非上場化に関する承認

④ 株主総会の非上場化に関する特別決議

⑤ 証券取引所による非上場化に関する原則的承諾(in-principle approval)

⑥ エスクロー口座(escrow account)の開設

⑦ 非上場買付(delisting offer)の公開買付公告(public announcement)

⑧ プロモーターから株主への買付申出(letter of offer)

⑨ ブック・ビルディング方式(book building process)による入札期間後の買付価格決定

⑩ プロモーターによる買付価格の払込及び株式の取得

⑪ 証券取引所への最終申請(final application)及び株式の非上場化

なお、非上場化の前に株式大量取得時の公開買付が行われていた場合、当該公開買付の終了から26週間(Cool-off period)は、株主から当該公開買付の取得価格よりも高い価格で株式を買い取ることはできません。従って、当該期間内は非上場化を行うことは難しいことに注意が必要です。

(2) 非上場化買付

(1) 非上場化手続の概要 で見たように、会社の非上場化を行う際は非上場化買付を行うことが必要となります。この非上場化買付における買付価格は、株式を保有する株主側の入札により定める(ブック・ビルディング方式、book building process)という点に大きな特徴があります。そのため、非上場化買付は、買付価格を会社側が決定する通常の公開買付に比して、株式の買付価格が高騰するリスクがあります。

ブック・ビルディング方式の下では、株式の最終買付価格(final offer price)は、原則として、プロモーターの取得する株式数の合計が発行済株式の90%以上となった場合の株式の価格となります(以下、便宜的に「原則的最終買付価格」と呼びます)。

ブック・ビルディング方式の具体的な例は以下のとおりです。例えば、上場会社であるX会社(発行済株式100万株)において、プロモーターであるA社(保有株式75万株)が非上場化買付を行った場合に、株主の入札結果が以下のとおりであると仮定します。この場合、非上場化買付完了のためにA社が取得すべき株式は、100万株の90%(90万株)と現在保有する株式75万株との差である15万株となります。そしてA社は、下記の結果に従い、入札株式数合計が15万株となる価格、すなわち1株600ルピーにて株式を取得することで、上場株式の90%を上回る株式を保有します。従って、このケースでは、1株600ルピーが原則的最終買付価格と計算されます。

上記ブック・ビルディング方式により機械的に計算される原則的最終買付価格が受け入れがたい価格になる場合、プロモーターは非上場買付を実行しないことも可能です。この場合は、プロモーターは株主に対し非上場買付を行わない旨通知すれば足り、買付は全く成立しません。また、プロモーターはブック・ビルディング方式の下で決定される原則的最終買付価格よりもさらに高い価格を最終買付価格に修正設定し、より多くの株式を買い付けることもできます。原則的最終買付価格であれ修正設定された最終買付価格であれ、プロモーターが最終買付価格を通知することにより買付手続は進行します。通知された最終買付価格以下で入札された株式は、通知された当該最終買付価格にて買い取られます。

入札価格(ルピー) 入札株式数

(株)

入札株式数

合計(株)

550 25,000 25,000  買付対象
565 40,000 650,00  買付対象
575 20,000 85,000  買付対象
585 40,000 125,000  買付対象
595 12,000 137,000  買付対象
600 13,000 150,000 ←(原則的)最終買付価格
605 21,000 171,000
610 14,000 185,000
615 15,000 200,000
620 50,000 250,000

(3) 非上場化手続における少数株主

以上の非上場化手続を踏んでも非上場買付に応じない少数株主がいた場合、インドにおいては、合理的な対価を持って少数株主を強制的に退出させ完全子会社化するための制度(Squeeze Out)が整備されていません。

2013年会社法においては、株式取得者が会社の株式の90%以上を取得した場合、株式取得者は会社に対し残りの株式を買い取るかどうか通知を行わなければならないと定められています。もっとも、この場合でも、株式取得者は少数株主から強制的に株式を買い取ることはできません。少数株主は株式取得者の買取りの申出に応じる権利を有するのみであって、少数株主に株式の売却の義務が発生するわけではありません。よって、かかる法制度の下、非上場化後も会社に一般少数株主が一定程度残る可能性があることに注意が必要です。

(4) 留意点

インドの上場会社を買収した後に当該会社を非上場化する場合は、(a) 上場会社買収時と、(b) 非上場時の2回にわたり公開買付が行われる可能性があります。

ここで、(a) 上場会社買収時の公開買付においては、公開買付における買付価格のコストを可能な限り抑えるため、予定買付株式数を法令上の下限である議決権の26%とすることが比較的多いと考えられます。もっとも、(a) 上場会社買収時の公開買付と比して、ブック・ビルディング方式をとる(b) 非上場時の公開買付は、株式の価格が高騰し金額がかさむことが見込まれます。そのため、実務上、(a) 上場会社買収時の公開買付において株式の価格にプレミアを付し、できるだけ多く株式を買い集めることによって、(b) 非上場時の公開買付にかかるコストを抑えるということも行われています。

また、上場会社から株式を取得する際、一会計年度に5%以上を取得してしまうと公開買付を行う義務が生じます。そこで、上場会社買収時に株式を多く買い集められなかった場合でも、実務上、公開買付が生じないように一会計年度に5%以下の株式を少しずつ買いつけ(Creeping Acquisition)、プロモーターが法令上の上限である75%まで株式を買い集めたところで(b) 非上場時の公開買付を行うことによって、非上場時の公開買付にかかるコストを抑えるという工夫も行われています。

このように、実務上非上場公開買付における買付価格のコストを可能な限り抑える様々な工夫がなされているため、買収対象会社の将来像を見据えて手続を選択することが重要です。

 

2017年9月21日)
弁護士  日比野明希子

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