インド法解説 / インド倒産法(第1回)

Q&A

インドにおいて、インド倒産法が新しく制定されたと聞きました。その概要と特徴を教えてください。

新しく制定されたインド倒産法は、従来非常に時間のかかっていたインドにおける倒産処理を迅速化できるよう、工夫されています。

(1) はじめに

2016121日、インドでInsolvency and Bankruptcy Code, 2016(以下「インド倒産法」といいます)が施行されました。このインド倒産法は、従来非常に時間のかかっていたインドにおける倒産処理を迅速化し、経済の新陳代謝を促進することを目的とするもので、インドに進出する日本企業にとっても影響が大きいものと考えられます。以下、旧制度との違いをみた上で、日本の破産・再生手続と比較しながら、インド倒産法の概要と特徴を説明します。

(2) インド倒産法(旧制度との主要な相違点)

ア 旧制度

これまで、インドでは、業種ごとに異なる法令によって、それぞれ倒産処理に関する手続が定められていました。それらの中でも、インドで事業を営む日系企業に特に影響していたのは、製造業者を適用対象としていた、Sick Industrial Companies Act, 1985(以下「SICA」といいます)でした。

SICAの主な特徴は、製造業者のみを適用対象としていたことのほか、会社の資産状態等が一定の要件を満たす場合、会社再建のための届出を義務付けていたことでした。日本においては、倒産処理の申立てを行うかどうかは会社あるいは債権者に委ねられており、基本的には申立てそのものが義務付けられたり、強制されたりすることはありません。しかし、SICAでは、次のような場合には、Board of Industry & Financial Reconstruction(BIFR、以下「産業金融再生委員会」といいます)に対して、届出をしなければならないこととされていました。

  • 設立から5年以上経過しており、会計年度末において純資産額以上の累積損失がある場合(Sick Industrial Company
  • 会計年度末における累積損失額が、直近の4会計年度中のピークの年度における純資産の50%以上となる場合(潜在的なSick Industrial Company

この届出を行うと、Sick Industrial Companyについては、産業金融再生委員会から、事業の債権のために措置命令を受ける可能性があり、場合によっては、会社の清算が命令されてしまう可能性もありました。また、潜在的なSick Industrial Companyについても、産業金融再生委員会から、定期的な報告を求められる可能性がありました。そして、この届出を怠ると、刑事罰が科される可能性もありました。

SICAが製造業者のみを適用対象としているように、インドでは、業種ごとに複数の法令が存在して、手続が錯綜していました。それに加えて、SICAの下での会社再建のための手続に時間制限が設けられていなかったことなどもあり、インドでは、迅速な倒産処理が困難になっていました。世界銀行が毎年発行しているビジネス環境ランキング”Doing Business”によれば、日本の倒産処理の平均処理期間は半年ほどなのに対し、インドの平均処理期間は4.3年とされています。同ランキングにおいて、2017年には日本の倒産処理の容易さが世界2位なのに対し、インドの倒産処理の容易さは世界136位でした。

イ インド倒産法

インド倒産法は、複数の法令が存在して手続が錯綜するという事態を回避し、倒産処理を迅速化するために、適用対象を製造業者等に限定することなく、広く企業、組合および個人の破産・倒産手続を包括的に定めています。

また、インド倒産法の施行に併せて、2016年12月1日付でSICAが廃止されたことで、今後新たに会社再建のための届出の義務を負うことはなくなりました。

このような改革が評価され、2018年には、前掲の世界銀行によるビジネス環境ランキングにおいて、インドの倒産処理の容易さは世界103位とされ、世界136位だった前年より順位を大きく上げました。

(3) 日本の破産・再生手続とインド倒産法との主要な相違点

ア 時間制限の存在

a.  日本の破産・再生手続

日本では、倒産処理手続に時間制限は設けられていません。ただし、日本の倒産処理の速さは世界トップクラスであり、現状、時間制限の規定が無いことによって問題が生じているものではないといえます。

b. インド倒産法

インド倒産法は、手続に時間制限を設けています。倒産処理手続の開始決定から、原則として180日以内に、破産管財人は、債権者集会で承認を得た再生計画を、National Company Law Tribunal(以下「会社法審判所」といいます)に提出しなければならないこととされています。これは、倒産処理に非常に長い時間がかかっていた状況を改善する姿勢が強く表れているものといえます(90日を超えない範囲での延長も認められていますが、延長された場合でも270日以内との時間制限であり、従前の状況に比して大幅な迅速化を目指しています)。

イ 倒産処理手続の構造

a. 日本の破産・再生手続

日本では、複数の種類の倒産処理手続(更生手続、再生手続、特別清算手続、破産手続)が用意され、申立人がその中から1種類を選択するという法制が採用されています。このような法制においては、同一の債務者について複数の倒産処理手続が競合することがありえ、競合状態を解消するために優劣関係が規律されています。

 

b. インド倒産法

一方、インド倒産法は、まずは再生手続からスタートし、再生手続が失敗した場合に清算手続に移行するという構造をとっており、手続を一元的に取り扱っています。

ウ 倒産処理の開始の要件

a. 日本の破産・再生手続

日本で破産手続が開始されるためには、以下の要件が必要です。

  • 支払不能(債務者が、弁済期にある債務を一般的かつ継続的に弁済することができない状態)

又は

  • 債務超過(ただし、法人の破産の場合に限る)

また、再生手続が開始されるためには、以下の要件が必要です。

  • 支払不能または債務超過になるおそれ

又は

  • 債務者が事業の継続に著しい支障を来すことなく弁済期にある債務を弁済することができないこと(債務者が弁済期にある債務を弁済すると、事業の継続に著しい支障を来たすこと)

b. インド倒産法

インド倒産法で倒産処理手続が開始されるためには、債務者による支払不履行が必要です。なお、倒産処理手続の開始を、取引債権者(物品・労務の提供により生じた債権を有する者)が申し立てる場合には、一定の催告手続が要求されます。催告にも関わらず支払いがない場合には、再生手続開始の申立てを行うことになります。

エ 管轄機関

a. 日本の破産・再生手続

日本の破産・再生手続は、地方裁判所が専属管轄を有しています。

b. インド倒産法

インド倒産法における倒産処理手続は、会社法審判所において進められます。会社法審判所は、会社事件を専門に扱う裁判所として、20166月に設立され、現在、インド国内に11箇所あります。通常の裁判所に比べ、専門的かつ迅速に事件を処理することが期待されています。

(4) まとめ

インド倒産法は、旧制度と異なり、適用対象を企業、組合および個人について包括的に定めたり、時間制限を設けたりすることで、倒産処理を迅速化できるよう、工夫されています。もっとも、20171123日に再建案の提出権者を制限する改正布告が公布され施行されるなど、重要な改正が布告等を通じてなされることが多いので、今後も運用を見守る必要があります(なお、この布告とほぼ同内容の法律が、2018118日に、インド倒産法を改正する法として成立し、布告に代わって20171123日から有効であったとみなされることになりました)。

 

2018年4月4日)
弁護士 本田昴平
弁護士 葛西悠吾

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