Q&A
インド企業の買収を考えています。競争法上の企業結合規制の概要について教えてください。
インド競争法上、当事者等の資産または売上高が一定の基準を満たす場合、インド企業の買収に際しインド競争委員会への事前届出及びその承認が必要となる場合があります。
(1) 企業結合規制の概要
インド競争法(Competition Act, 2002)上、いかなる事業者もインド国内の関連市場における競争に対して相当の悪影響を及ぼすかまたはそのおそれのある「企業結合」を行うことはできないとされています。当事者は、ある取引がインド競争法の定める「企業結合」の定義に該当する場合には、インド競争委員会(Competition Commission of India, “CCI”)へ事前届出を行い、その審査を受け、承認を得る必要があります。
事前届出を怠った場合、当該企業結合の結果生じた合計の資産または売上高のいずれか高い方の1%を上限とした罰金が科される可能性があります。また、インド国内の関連市場における競争に対して相当の悪影響またはそのおそれがあるにも関わらず企業結合を行った場合、当該企業結合は無効となります。
(2) 事前届出が必要となる場合
インド競争法上、以下に掲げる取引のうち所定の資産・売上高基準を満たすものが、「企業結合」に該当し、インド競争委員会への事前届出の対象となります。
① 支配、株式、議決権または資産の取得 ② 同種・代替商品の生産、流通、取引または同種・代替サービスの提供に従事する事業者(以下「競合事業者」)を直接または間接に支配している者による他の事業者の支配の取得 ③ 合併 |
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資産・売上高基準は、直近の監査済財務諸表に基づく資産または売上高が一定の基準値を超えるかによって判断されます。当該基準の概要を以下に示します。
【資産または売上高の基準】
以下の数値のうち、いずれか一つでも基準を超えれば、事前届出が必要となります。
インド国内(億ルピー) |
インド国内及び国外(億米ドル) |
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資産 | 売上高 | 資産 | 売上高 | |
当事者基準 | 200 | 600 | 10* | 30** |
グループ基準 | 800 | 2400 | 40* | 120** |
* : かつインド国内で100億ルピー以上
**: かつインド国内で300億ルピー以上
判断対象となる当事者またはグループの範囲は、企業結合の類型ごとに定められています。概要を以下に示します。
【当事者またはグループの範囲】
当事者基準 | グループ基準 | |
① 支配、株式、議決権または資産の取得 | 取得者及び被取得者である事業者 | 被取得者が当該取得後に属する事業者グループ |
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② 競合事業者を支配している者による他の事業者(「被取得者」)の支配の取得 | 競合事業者及び被取得者である事業者 | |
③ 合併 | 合併により形成される事業者 | 合併により形成される事業者が属する事業者グループ |
当事者基準においては、当該取引における「事業者」の資産または売上高を合算した額が基準を超えるか否かで判断します。上記「事業者」には、企業結合の対象会社のみならずその子会社を含むため、子会社の資産及び売上高も連結ベースで考慮する必要があります。
また、グループ基準においては、「事業者グループ」、すなわち直接間接を問わず事業者の50%以上の議決権を有する等支配関係にある企業のグループ全体について、資産または売上高を合算した額が基準を超えるか否かで判断します。
(3) 事前届出が必要となる場合の例外
上記の基準を満たす取引であっても、下位規則たる企業結合規則(Competition Commission of India (Procedure in regard to the transaction of business relating to combinations) Regulations, 2011)により、一部の取引についてはインド国内の関連市場における競争に悪影響を生じないとして、届出を要しないとされています。そのような例外的な取引としては、純投資目的または通常業務での25%未満の株式・議決権の取得(対象会社の支配を取得しないもの)、既に対象会社の50%以上の株式・議決権を保有している場合の株式・議決権の取得(当該取引により共同支配から新たに単独支配となるものではないもの)、インド国外でのみ実行されるインド国内の市場に重大な関連または影響を有しない企業結合等が挙げられます。
また、企業省の告示(Notification)も例外的に届出が不要となる取引を定めています。具体的には、取得される企業が小規模である場合(インド国内における資産が35億ルピー以下またはインド国内における売上高が100億ルピー以下)に事前届出が不要とされています。
(4) 事前届出の手続
インド競争委員会への事前届出の際には、下記のとおり、対象となる企業結合の態様に応じ定められた届出義務者が届出期限内に届出を行う必要があります。
届出義務者 | 提出期限 | |
① 支配、株式、議決権または資産の取得 | 取得者 | 株式取得等に関する契約等の文書の締結から30日以内 |
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② 競合事業者を支配している者による他の事業者の支配の取得 | ||
③ 合併 | 合併の当事者(共同で届出義務を負う) | 合併に関する取締役会における承認から30日以内 |
届出の様式としては、企業結合後の市場シェアに応じ、簡易な内容の届出を定めるフォームIと、詳細な内容の届出を求めるフォームIIの2種類が規定されています。インド競争委員会は、届出をされた書類に基づき、インド国内の関連市場において相当の悪影響を及ぼすまたはそのおそれがあるかどうかを、市場における競争の程度、市場参入の障壁の程度等様々な要素に基づいて判断します。
インド競争法上、インド競争委員会による届出の審査期間は原則として210日とされています。もっとも企業結合規則上、インド競争委員会は届出の受領から30営業日以内に暫定的判断を行わなければならないとされており、また届出の提出から180日以内に承認または不承認の判断をすべき努力義務が課されています。
(5) 留意点
以上述べたように、事前届出が必要とされるかどうかの判断にあたっては、法律上は、まず事前届出が必要となる「企業結合」にあたるか判断し、「企業結合」にあたるとして例外的に事前届出が不要な取引にあたるかを判断する、という構造になっています。もっとも、実務的には、最初に企業省の告示が定める事前届出が不要な小規模取引にあたるかどうかを検討し、この例外に当たらない場合に初めて事前届出が必要な「企業結合」にあたるかどうかを検討することが通常です。これは、「企業結合」の判断にあたっては複数の会社の資産または売上高を複雑な枠組みに従って検討する必要があるのに対し、企業省の告示が定める例外は、取得される企業そのものについての売上高または資産のみの、簡単な検討で済むためです(この例外にあたるために事前届出が不要となる場合は少なくありません)。
また、インド競争委員会への届出は、「株式取得等に関する契約等の文書の締結」または「取締役会の承認」から30日という、比較的早い段階において短い期間で行うことが求められます。届出が必要とされる書類の記載事項は多岐にわたり様々な準備が必要となり、また、インド競争委員会への届出が必要かどうかの判断にあたっては、最新の監査済決算書に基づき、関連法令、規則及び告示を参照し判断する必要があります。このため、インド企業の買収の際は、取引の初期段階において事前届出の要否を検討するとともに、届出が必要とされる場合は契約書の作成日や取締役会の承認日との関係で綿密なスケジューリングが必要となることにご注意ください。
(2017年3月2日)
弁護士 寺田達郎
弁護士 日比野明希子
(補足)
本記事執筆時の2017年3月2日時点において、インド競争委員会への企業結合届出は、株式取得等に関する契約等の文書の締結または取締役会の承認から「30日以内」に行わなければならないとされていました(「(4) 事前届出の手続」の表及び「(5) 留意点」をご参照ください)。
この点について、インド競争委員会は2017年6月29日付で通達を発出し、「30日以内」に企業結合届出を行うとの義務を、通達の公表日から5年間に限り、免除する旨定めました(届出義務自体は免除されていないと解されます)。これにより、インドにおける企業結合においては、企業が短い期間で届出を行うという負担が取り除かれることになり、インドへの進出を希望する企業にとって歓迎すべき措置であるといえます。
(2017年7月19日)
弁護士 日比野明希子