インド法解説 / インド倒産法(第2回)

Q&A

新しく制定されたインド倒産法では、どのような手続で倒産処理がなされるのですか。また、手続の中で気を付けるべきことはありますか。

インド倒産法では、再生手続開始の申立てにより再生手続が始まり、これが失敗すると清算手続に移行していきます。インドに進出する日本企業の多くは、インド倒産法により手続の中で認められる関与は非常に狭い範囲に留まる可能性がある点に注意が必要です。

(1) はじめに

前回、新しく制定されたInsolvency and Bankruptcy Code, 2016(以下「インド倒産法」といいます)について、その概要を説明しました。今回は、このインド倒産法で定められている手続について説明します。

(2) インド倒産法における再生手続

前回の概要で説明したとおり、インド倒産法では、手続が一本化されており、まずは再生手続による解決が図られます。

ア 再生手続開始の申立て

再生手続は、National Company Law Tribunal(以下「会社法審判所」といいます)に対する、再生手続開始の申立てによって開始されます。インド倒産法では、corporate debtor(負担している債務を履行していない法人。以下「法人債務者」といいます)が10万ルピー以上の不履行に陥っていることが、再生手続開始の申立ての要件です。

再生手続開始の申立ては、法人債務者及び債権者が行うことができます。インド倒産法では、債権者を更にfinancial creditor(以下「金融債権者」といいます)とoperational creditor(以下「事業債権者」といいます)に分類しており、債権者の属性に応じ、再生手続への関与の仕方を分けており、再生手続開始の申立ての手続も異なります。

 

債権者の種類 概要 再生手続開始の申立てまでの手続
金融債権者 法人債務者に金融取引によって発生した負債を負担させた債権者 特に事前の手続は必要なく、会社法審判所に対して再生手続開始の申立てをすればよい。
事業債権者 法人債務者に商品や役務の提供を含むサービスの提供によって生じた負債を負担させた債権者 法人債務者に対して、催告通知または請求書の写しを送付しなければならない。法人債務者が、それらを受領してから10日以内に債務を支払わず、または債務の争いに関する通知等を行わなかった場合、会社法審判所に対して再生手続開始の申立てが可能になる。

以上の定義からすれば、インドに進出する日系企業の大半が事業債権者に分類されることになると考えられます。以下で見るとおり、事業債権者は、再生手続開始の申立てのために催告が必要なほか、債権者集会において議決権を有さない点に留意が必要です。

イ 再生手続の開始の効果

会社法審判所は、再生手続開始の申立てを承認すると、再生手続開始を公告し、モラトリアムの宣言を行います。モラトリアム期間中は、法人債務者に対して訴訟を提起することはできず、また係属中の訴訟もストップします。また、法人債務者が有する資産や権利の譲渡や処分は禁止されます。さらに、法人債務者に対して、担保権を実行したり、財産の返還請求をしたり、法人債務者にとって不可欠な商品や役務の提供を停止したりすることもできません。このモラトリアムは、原則として再生手続が終了するまで続きます。

ウ 暫定管財人の選任

会社法審判所は、再生手続開始から14日以内に、interim resolution professional(以下「暫定管財人」といいます)を選任します。

エ 債権者集会の組成と管財人の選任

暫定管財人は、committee of creditors(以下「債権者集会」といいます)を組織します。最初の債権者集会において、暫定管財人を管財人に切り替える議決がなされます(暫定管財人とは別の人物を管財人として選任することも可能です)。債権者集会には広範な権限が認められ、法人債務者の事業運営のうち法定の重要事項に関して承認したり、法人債務者の再生計画を承認したりする役割を担っています。

債権者集会は、金融債権者から構成され、事業債権者は債権者集会の構成員とはなりません。(法人債務者の総負債額の10%以上を占める債権を有する事業債権者は債権者集会の期日に参加できますが、それでも議決権を有しません)。

オ 再生計画

債権者集会が組成されると、次は再生計画・承認の手続を行います。再生計画は誰でも提案できます。管財人は、提案された再生計画のうち、法定の要件を満たすと判断したものについて、債権者集会に提出します。その後、債権者集会で承認(法人債務者の総負債額の75%以上の賛成が必要です)を受けた再生計画を、会社法審判所に提出し、認可を受けます。会社法審判所に認可されれば、法人債務者はこの再生計画に従って債務を返済していくことになります。

(3) インド倒産法における清算手続

再生手続が奏功しない場合には、清算手続に移行します。

ア 清算事由

インド倒産法では、以下の清算事由のいずれかが認められる場合、法人債務者の清算を命じます。倒産処理手続の期間内(180日以内)に、会社法審判所が再生計画を受け取らなかった場合

  • 倒産処理手続の期間内(180日以内)に、会社法審判所が再生計画を受け取らなかった場合
  • 会社法審判所が、所定の条件の違反を理由に再生計画を承認しなかった場合
  • 倒産処理手続の期間内に、債権者集会で法人債務者の清算が可決された場合
  • 会社法審判所に承認された再生計画に法人債務者が違反し、その違反によって不利益を受ける者が、会社法審判所に対して清算の申立てをした場合

イ 債権の優先順位

清算に入った場合の、債権の優先順位について、インド倒産法は以下のように規定しています。なお、インドでは、1947年産業紛争法(Industrial Disputes Act, 1947)によって、被雇用者がワークマン(手作業的、非熟練的もしくは熟練的、技術的、作業的、事務的または監督的業務のために雇用された者のうち、①経営的または管理者的立場にある者、または②月の賃金が1万ルピーを超えており、かつ監督的立場にある者、などを除いた者)とワークマン以外の被雇用者に分類されており、それぞれの有する債権の優先順位も異なります。

順位 債権の詳細
1 再生手続費用、清算費用の全額
2 ① 清算手続開始日から24か月前までに弁済期が到来した、ワークマンに対する債務

② インド倒産法52条により債権者が担保権を放棄した有担保債権

3 清算手続開始日から12か月前までに弁済期が到来するワークマン以外の被雇用者に対する賃金等
4 金融債権者に対する無担保債務
5 ① 清算手続開始から2年以内にその全部または一部の弁済期が到来する中央政府または州政府に対する債務

② 担保権を有する債権者に対する担保権実行後の残債務

6 その他残債務
7 優先株主に対する残余財産配分債務
8 株主及び共同経営者に対する残余財産配分債務

 

このように、担保権を有しない事業債権者への配当は、優先順位がかなり低いことが分かります(順位6)。担保権を有していれば、清算手続においてはこの順位に関係なく権利を実行することができ、また放棄しても高い順位(順位2)で配当を受けることができるため、担保権の設定を受けておくことが重要である点は、日本法と異なりません。

(4) まとめ

インド倒産法では、まずは債権者集会を中心として再生手続が進められます。債権者集会において、事業債権者は議決権を有しないことに注意が必要です。再生手続が奏功しないと清算手続に移行します。清算になった場合、事業債権者への配当の優先順位は低く、事前に担保を確保しておくことが重要です。

2018年5月31日)
弁護士 本田昴平
弁護士 葛西悠吾

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