インド法解説 / 株式譲渡の場合の価格規制

Q&A

当社はインドの現地会社と合弁を組み、インド子会社を経営していましたが、今回、その合弁相手からインド子会社の株式を全て買い取りたいと考えています。株式価格の決定や、買取手続につき、インド法上、何か気をつけることはありますか?

日本企業がインドの合弁相手からインド子会社の株式を買い取る場合、一定の価格以上でなければならないという規制があります。また、合弁相手を通し、インド準備銀行へ事後届出をすることが必要です。

(1) 価格規制概要

インド非居住者がインド居住者から株式譲渡または新株発行を受ける場合、株式の価格について、インド準備銀行(Reserve Bank of India)の定める外国投資通達(Master Circular on Foreign Investment in India)及びインド証券取引委員会(Securities and Exchange Board of India)の定める価格ガイドライン(Foreign Direct Investment (FDI) in India – Issue/Transfer of Shares or Convertible Debentures – Revised pricing guidelines)により、次の図のような規制が設けられています。

この価格規制は、株式譲渡または新株発行において、インド居住者側に常に有利な価格を設定するため、インド居住者の利益を保護する結果となります。

図:株式譲渡・新株発行価格規制

(2) 基準価格

価格規制において適用される基準価格は、対象となる株式が上場株式と非上場株式の場合とで異なりそれぞれ次の表のようになります。

株式の種類 基準価格
上場株式 株式の優先割当の割当価格。具体的には、以下のいずれか高い方の価格

①   基準日から起算して過去6か月の株価の終値の週ごとの最高値および最安値の平均

②   基準日から起算して過去2週間の株価の終値の週ごとの最高値および最安値の平均

非上場株式 マーチャント・バンカー(Merchant Banker)または勅許会計士(Chartered Accountant)が独立当事者間で用いられるのと同様の国際的に認められた価格算定方法を用いて決定した公正な価格

(3) 取引実行後に採るべき手続

新株発行や、インド非居住者との間での株式譲渡があった場合、AD Category-I Bankと呼ばれる認可銀行(外為取引の認可を受けた銀行)を通して、インド準備銀行に届出を行う必要があります。それぞれの場合の届出義務者等は次表のとおりです。

  届出義務者 書式 期限
新株発行 インドの会社

(新株発行会社)

FC-GPR 新株発行後30日以内
株式譲渡 インド居住者 FC-TRS 対価または株式の受領後60日以内

(4) 留意点

合弁契約においては、株式の譲渡に関して様々な条件・権利が規定されることがあります。その中でも、プットオプション(権利者の選択によって対象株式を相手方に売却することができる権利)及びコールオプション(権利者の選択によって対象株式を相手方から購入することができる権利)といった仕組みは、合弁会社の事業の好転が見込めない場合、重要な経営事項についてデッドロックに陥った場合、及び合弁契約の義務違反があった場合等において合弁を解消するための手段として規定されます。

もっとも、合弁契約において事前に定めた株式売却または購入の価格も、これまでに述べた価格規制の適用を受けます。そのため、日本企業がインド子会社の株式についてコールオプションやプットオプションを行使した場合、合弁契約において定めた株式価格が価格規制に反するため、結果としてコールオプションやプットオプションが予定した効果を発揮しない場合があることに注意が必要です。

このようなコールオプションやプットオプションについて、合弁契約の定め方を工夫することによって、価格規制の適用を受けることなく実質的にコールオプションやプットオプションと同等の効果を発生させることが実務上模索されています。例えば、合弁契約において、義務違反等があった場合に、インド企業に対しインド子会社の株式の買い手を探し、またはインド子会社の株式を一定金額で自ら買い取る義務をインド企業に課し、もしこれに違反した場合は日本企業に対する損害賠償義務を課すことが考えられます。すなわち、インド企業が日本企業に対し支払う額の性質を、株式の対価ではなく損害賠償とすることにより、価格規制に違反することなくインド企業にペナルティを課すという試みです(この点については、株式会社NTTドコモとインド財閥タタ・グループの「タタ・ドコモ」に関する合弁解消をめぐる国際仲裁判断のデリー高等裁判所における承認執行手続きにおいても問題となっています)。

 

2017年7月25日)
弁護士    寺田達郎
弁護士  日比野明希子

インド法解説関連ページ